まるしん's diary

丸山伸一のブログです。日常の出来事(主にプライベート)、読書・映画評などを綴ります。

『蜩ノ記』『ゴールデン・スランバー』~最近読んだ本 2014.3.18

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◆『蜩ノ記』(葉室麟祥伝社文庫)

作者・葉室麟62)は北九州生まれの元地方紙記者。『蜩ノ記(ひぐらしのき)』は2年前の直木賞作。

 

江戸後期、豊後・羽根(ぶんご・うね)藩(現在の大分県の一部)の檀野庄三郎は、藩邸内で同僚相手に刃物沙汰を起こした責任を問われ、家老によって、切腹と引き替えに山村に幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷(とだしゅうこく)の元へ遣わされる。戸田は7年前、前藩主の側室と密通した廉(かど)で、家譜の編纂と10年後の切腹を命じられていた。「蜩ノ記」とは、戸田が家譜の進捗状況を記していた日記の表題である。 

 

檀野は、家譜編纂の手伝いをする傍ら、戸田が切腹を恐れて逃げないかの監視、さらに密通事件の真相探究が課せられていた。だが、戸田の清廉さに触れ、戸田の娘、息子ら家族との交流を深める中で、密通事件は藩の一部によるでっち上げであり、戸田は無実であると確信するようになる。 

 

やがて家譜は完成する。助命嘆願かなわず、いよいよ戸田の切腹の日――。武士の覚悟と矜持を鮮烈に描いた感涙の時代小説である。 

 

途中、登場人物の出自や家系の説明、また、藩内の勢力争いの相関図への細かな言及があり、わずらわしさを感じるところもあったが、それらを読み飛ばしても十分に筋はわかる。まっすぐに生きた組織の人間が、権力構造の不条理の中で犠牲になるのは今の世でも珍しくない。だが、戸田の最期は決してみじめなものではなく、むしろ満足感、達観とも言うべき趣があり、すがすがしい気分にさせられる。読み応え十分。今年、東宝が映画化するようである。

 

 

 

 

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◆『ゴールデン・スランバー』(伊坂幸太郎新潮文庫

本屋大賞や「このミス2009」などを総なめにしたエンターテインメント小説。

 

同じ学生時代を過ごした4人の男女が、仙台市内で起きた首相暗殺事件に巻き込まれる。主人公の青柳雅春は、得体の知れぬ巨大な権力によって、知らないうちに事件の犯人に仕立て上げられ、警察に追われるようになる。それを助けようとする元同窓生たちも、街頭監視システムを使った警察の策謀と暴力に阻まれ、行き場をなくした青柳は、ついにマスコミ、野次馬など衆人環視のもと、警察に投降することを決める。だが、その瞬間――。

 

物語の時代は、第3部でいきなり事件から20年後に飛び、いまもって事件は未解決であること、青柳雅春については、大方の市民がケネディ暗殺のオズワルドみたいに「権力から犯人に仕立て上げられ、殺されたのだろう」と見抜いていること、などが紹介される。 

 

ところが、第4部で舞台は再び事件直後に戻り、青柳の逃亡劇が始まる。読者にしてみれば、事件の経緯やある程度の結末は見えているから、何をいまさらとも思うが、支援してくれる仲間たちとの絆、軽妙なやりとり、危機一髪の連続で、結構引き込まれる。 

 

そうして最後の第5部、「事件から3か月後」の章で、投降の場面で青柳がどう行動したかが明かされるのだが、ここでマット・デイモン主演の『ジェイソン・ボーン』シリーズを思い浮かべてしまった。3作目『ボーン・スプレマシー』のラスト、テレビのニュース・アナは「元CIA特殊工作員ジェイソン・ボーンはビルの屋上から運河に転落しましたが、まだ遺体は見つかっておりません」と叫ぶのだが、バーのカウンターでテレビを見ていた仲間の女スパイが「よしゃあっ!ボーンは生きてる」とばかり、無言で微笑むシーンがある。胸のすく思いがした。『ゴールデン・スランバー』の最終章も、それと同じ清涼感を与えてくれる。「痴漢は死ね」「おたくの旦那、キャバクラ嬢と浮気しましたよ」「たいへんよくできました」。この3つの言葉がそれぞれ持つ意味は、分厚い小説と最後まで付き合ってきた読者だけが理解でき、ニンマリしてしまう。 

 

読み終えた後、再び前半を読み直すと、またまた新たな発見があるという不思議な小説だ。特に第3部は、改めて熟読する意味がある。 

 

「ゴールデン・スランバー」は、ビートルズ11番目のアルバム「アビイ・ロード」の中の1曲。歌詞は「Once there was a way to get back homeward(昔は故郷へ続く道があった)…」で始まるが、青柳が、楽しかった学生時代を思い出し、何度かこの歌を口ずさむシーンがある。ビートルズ世代には、懐かしさを持って読める一冊だろう。

 

伊坂が面白かったので、続けて『首折り男のための協奏曲』(新潮社、1,500円)を読み始めました。